indextext > ライドウ

雨上がり(一)

 昨晩遅くより振り出した雨は今朝になってもまだ止んでいなかった。窓には雨が筋になって流れている。ライドウはすでに己の隣より抜け出した男――鳴海が執務室で誰かと話している電話の声に耳を澄ませ、起き上がった。床に落ちていた褌を締めなおし、シャツのボタンを一番上までとめる。後ろよりどっと笑い声がして、ライドウは目を細めた。鳴海の声は楽しげに聞こえるものの、あくまでも儀礼的なものであり、熱はこもっていない。その話し方にライドウはすぐ電話の相手が誰であるかを合点し、唇を噛んだ。鳴海はまだあの客と付き合っているのか。

 何度となく容易い物探しを依頼してくる常連の客ではあるが、その目的はもっぱら鳴海である。とある公爵家に生まれたものの生来の性質が悪く、金と色事にしか興味なく、身体は醜く膨れ、鳴海探偵社を訪れるときも目は鳴海の頭から足先までをいやらしく舐める、悪い噂の耐えぬ客であった。相手の狙いをわかりながらなぜ依頼を断らぬ、と鳴海に問うたことがあるが、小遣い稼ぎだと思えば耐えられないほどではない、鳴海はそう答えた。だが客の執拗さに、いつか己の不在に芋虫のような指で奥をえぐられるのではなかろうかとライドウはいやな予感を拭い去ることができないのであった。いっそ鳴海が己の下で熱を抑えきれずに鳴いていたことを電話の相手にわからせてやりたいような心持だった――だからお前のものにはならない、といったとて、自分のものにさえなっていないのだったが。

 昨夜、鳴海はいきつけの置屋へいっていたのだろう。明け方近くになって帰って来、ほのかに酒に酔い、女を抱いてきたことも隠しもせず、おやまだ起きていたのかと、こちらの気持ちを知りもせず飄々と言い放った。あなたを待っていたのですとは言えなかった。幾度となく身体を重ねようとも鳴海はライドウを求めない。それは仕方ないとわかってはいる。恋仲ではないのだ。あくまでも目付け役と一介の書生。だがライドウには耐えかねるときがあった。

 再び乾いた笑い声がした。

 登校するにはすでに遅い時刻であった。身支度を整え執務室に入ると、鳴海は片手を上げて、ライドウへソファに座るよう促した。ライドウは部屋を見渡し、ゴウトがいないことに気づいたが、雨が降っているからそう遠くへはいっていないと見込んで、言われるままにソファへと座った。皮のにおいがぷんと香り、部屋の奥からはいれたばかりなのだろう、コーヒーのにおいもただよってくる。鳴海の話はまだ終わりそうにない。ライドウは立ち上がると、執務室内の奥の窓際、鳴海のところまでいって彼を見下ろした。

 もうすこしまっていろ、と鳴海の口が空に動く。

 熱のこもらない目だ。声だ。何を話しているのか、鳴海の顔を見ればやはりろくな電話ではないことはみてとれる。ならばいっそ切ってしまえばいいのに! 

 ライドウは鳴海の傍らに跪くと、彼のスラックスの前へと手をのばした。

「あ、こら――いえ、なんでもありません、ははは、こちらの話ですよ、ええ」

 鳴海は電話を続けている。ライドウはそこから取り出した鳴海のそれを手でもみしだくと、こちらをとがめてくる鳴海などかまわずに口に含んだ。鳴海の体の向きを強引に己へと向けさせ、脚の間に体を滑り込ませる。鳴海の声はまだ冷静さを保ったままであるが、先をちろちろとなめているうちにそこはかたくなり、鈴口から苦いものがあふれ出す。ライドウは唇でそれを拭い、濡れた音をわざとらしく響かせて舐めると鳴海の顔をちらりとうかがった。眉の間に美しい皺が一本刻まれている。

「はい、それでは――……大丈夫です、お気になさらず、ちょっと飼っている猫が悪さをしていましてね、ええ、猫です」

 深いため息が落とされる。ライドウはやめる気がなかった。腰を浮かせ、強引にデスクへ鳴海の上半身を上げさせる。それでもまだ鳴海は受話器を置こうとはせず、むしろライドウがじりじりとした思いを抑えきれずにいることを楽しんでいるようでもあった。悔しいかなそんな風にされてはライドウにはそれ以上の手がないのだった。スラックスを剥ぎ取り、散々嬲っていた鳴海の後ろの蕾へ口付ける。身体は震えても鳴海の声は一向に乱れない。舌をさしこみ、固くなった鳴海自身を玉袋ともにもみしだく。

「あぁ――いえ、こちらの話です――ふふ、猫にさっきから舐められていましてね、ええ、それではお待ちしていますよ、はい、それでは後ほど」

 チンという音とともに受話器が置かれ、その瞬間に鳴海の体がびくびくと震えた。控えめな喘ぎがもれる。

「こら、ライドウ、悪戯が過ぎる」

 鳴海が大きく息をつくとライドウは少しでもこらえる何かがあったのかと、顎に指をかけ、己のほうへとむかせた。目は情欲にぬれているのに、

「客が今からやって来る、お前にも頼まなきゃいけないことがあるんだ、どいてくれ」

 鳴海はまだそんなことを言う。口付けると唇はひどく冷たかった。唇を食み、こじ開けて舌を絡ませる。学生服の中で己のものははちきれんばかりになっていた。ライドウは耐え切れず、鳴海の中へと押し入った。鳴海はそのときばかりは声をあげた。荒く腰を動かせば、鳴海の中心はますますかたくなり、己でデスクへと押し付け、つぼみはひくひくとライドウを求める。

 ――客が来るのでしょう。

「ああそうだよ、客がくる」

 鳴海はそう言いながらも動きをやめようとしない。ゆっくりとライドウを振り返り、デスクにすっかり座る形になってさらに深くライドウを受け止めるのである。ライドウは鳴海の脚を肩へと持ち上げ、腰を打ちつけた。鳴海の身体から響く、ど、ど、という胸の音だけが己と同じであった。

 ――あなたという人は。

 言いかけたが、鳴海の腕が背にまわされたので、ライドウはそれ以上何も言わなかった。

>>