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未来永劫

 大樹の枝をしならせて釣り下がる男にカハクは息を吹きかける。血も尿も乾き木乃伊のようになっているが、男はかつてこの地を治めていたものであった。見開かれたまぶたの奥には黒い空洞だけがある。カハクはそこに口付ける。次に二つ穴の開いた鼻先へ、最後に唇へ。そのたびに小鳥の声が霧のひろがる谷間に響く。カハクは笑っている。まるで男がそこにいることがうれしくてしかたないかのように。男の口元も笑っているように見える。

 男は天と水神の娘の間に産み落とされた卵より生まれた。硬い殻を持ち、豚小屋に捨てられようと、谷底に落とされようと、黄河の大きな流れに飲み込まれようと命を失うことはなかった。鳥の腹の下で殻を割り、差し込む光を見たとき、男はすでに世の理を知っていた。治とは、国とは、人とは、世とは、そして我が何であるかを知っていた。知にも肉体にも恵まれたが故に彼は兄弟たちから妬ましく思われ、命を狙われることもあったが、どれほどに命を奪われんと人の悪意に晒されながらも、彼の命が他の力によって断ち切られることはなかった。

 幼きころから彼はよく小鳥のさえずりを聞いた。それが夢の中の大樹に宿るものだと彼は知っていた。大樹には人の体が三体釣り下がっている。目は落ち窪み、糞尿は垂れ流され、夢の中であるのに肉の腐るにおいがする、その影から小鳥のさえずりは聞こえてくるのである。大樹の足元には川が流れており、川は土色をしている。あれは釣り下がる者の血だったのかもしれない。不気味な夢であった。だがそれを彼は己の踏み越えている道そのものをあらわしているようにも思った。

 彼は恵まれた道を歩んだ。他がどう言うかは知らない。彼自身はそう思っていた。卵の時分より何度殺されかからんと、王位を奪われ馬小屋の番人に落とされようと、家来を連れ王の手から逃れんと逃げている最中であれ、彼が命を落とすことはなかった。代わりに誰かが死することはあっても。彼は天の子であり、水神の孫あった。

 己はあの大樹のもとへ、いや、あの小鳥の元へ行くだろう。新たな国を造り、その国を治め、次の代へ王位を譲った後に。愛しい国だ。俺が作り、守ってきた国。この大地を、川を、空を、そして民を、俺は愛している。この国は俺の家族。男は床に横たわりながら己の歩いてきた道を反芻する。己は恵まれた道を歩んだ。そして多くの血をこの国のために流してきた。国に埋まるあまたの命、それを背負って彼は小鳥のさえずりに身をまかせる。恨みも憎しみもあの場へ持っていこう。俺はそこからこの国を見守る。

 男の体は風に晒され乾き、いつしか大樹から落ちる。肉はなくなり皮は流れ、骨は砂となる。カハクが口付けたところから。男が子供のころより聞いた流れが川の色を奪う。男は笑っている。目も口も失われたというのに、男は笑っている。カハクは男の上をくるりくるりと飛び回り、喜びの声をあげる。そのたびに川の色が澄み、その下に男の作った国が栄え続ける。