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ウィル・ザ・スミス

 なあ、ペテロ。おまえに追いやられた世界は今日も愉快に灰色だ。地獄でも天国でもないとお前は言った。ならここは何だってんだ。おれみたいに行き場のなくなったやつらがうろうろうろうろしてやがる。おまえがここにいたならすました顔で、みな、罪を悔い改めよ、とでも言うんだろうな。二度生まれて二 度死んだおれは結局罪を悔いも改めもしていない。大体罪ってなんだよ。罪はいつから罪なんだ。何をしたら罪なんだ。人をだまして何が悪い。ちょっとした屑 鉄を金にみせかけただけじゃねえか。いい加減な錬金術でよくやったとほめてくれたっていいくらいだ。だまさなきゃおれがだまされる。うばわなきゃおれがうばわれる。ちょっとでも力のあるやつ、賢いやつは他のやつらからいろんなものを奪って生きてる。それに気付かねえで英雄面してるやつもいる。世界はそうやってできてんだ。自分より弱いやつから奪う。そんなの当たり前だろう。

 おまえの言うこと、ちょっとでも聞いてやろうかって血迷ったおれがばか だった。酒場でちょっとからかっただけでぐさりとやられて、わりにあわねえったらねえ。それで今度は天国にも地獄にもいけねえってきたもんだ。次に死んだ ら地獄にいくつもりだったさ。天国に行く気なんてなかった。いきたくもなかった。だって天国にはペテロ、おまえみたいなやつがごろごろいるんだろ? 

 おれを刺したあいつ。あいつはお偉いやつだったさ。おまえみたいに、罪を悔い、改めよ、とおれにいいやがった。罪? 何が罪だ。自由だ、独立だ、権力から の開放だとご立派なことを並べて、叫んでやがったから、おまえだって誰かから何かを奪って生きてんだぞ、って言っただけさ。奪わずに生きられる人間なんて いねえ。笑っちまう。それでぐさり、だぞ。笑っちまう。罪ってやつは悪いというやつがいるから悪いことになっちまう。ペテロ、だからおまえはおれをここに 追いやったのか。だとしたらおまえは間違ってる。おれは何も悪くない。おれを刺したあいつをおまえは一体どこへやった?

 おれにはもう酒を飲む口 もなければ、腹にささったナイフを引き抜く腕もない。流す涙もなければ、言葉だってそれこそ霧みたいに消えちまう。悪魔が落としていった石炭を腹に抱えて ぬくぬくしながらこの世界を歩き回るしかできない。ときどき叫ぶのが唯一の暇つぶしさ。

 気づいたけどよ、世界を覆う灰色の霧には濃いところと薄 いところがある。薄いところに近づくと、ペテロ、おまえか、おえらい誰かかわからんが、身体がびりびりと震える。おれは近づいたらいけねえ世界なんだろう な。でもおれにはわかる。霧の向こうはおれがついこないだまでいた世界だ。ここにきてわかった。叫ぶくらいしかやることがねえから暇なんだ。世界は薄い膜 がえらいこと重なってできてる。おれのいる世界と似た世界はたんとあるんだろうな。おれにはわからねえくらい、たくさんの。

 今、おれは TOKYOって場所にいるらしい。TOKYOの上に浮かんだ霧の中でおれはうろうろしている。人間の声がちょくちょく、人間の声だってよ、おれもこないだ まで人間だったのによ、おかしいったらねえ――人間の声がちょくちょく聞こえてくる。ヒカワってやつさ。世界をやりなおすんだと。TOKYOをちっちゃくまるめて卵にしちまうとかなんとか。TOKYOといえば東の果てだろう。それくらいはおれも知ってる。なあ、ここにおくったのはお前か。それともおれのいる場所は勝手に動き回ってるのか。どちらにせよ世界はどうにかなっちまうらしい。近いうちに。それもまたおもしろいかもしれねえな。この世界は退屈だ。ど こまでいっても灰色だ。おれがまだTOKYOにいるのなら、いるうちにどうにかなってくれ。

 もし世界がどうにかなったら、あいつをまっさきにおれのところへ送ってくれよ。おれを刺したあいつさ。あいつもきっと死ぬだろう。みんなみんな死ぬだろう。世界がやりなおされるんだ。みんなみんな、死ぬだろう。

 なあ、ペテロ、世界がやりなおされるとき、おまえはどうする? 罪はどこからが罪だ? 世界がどうにかなっちまったら罪だってどっかいっちまうんじゃねえのか。それでもおまえはおれにしたみたいにすました顔で言うのか。罪を悔い、改めよって。おかしくって笑っちまう。