indextext > 青の祓魔師

わかかりし

 雨を降らしたのはあなたであろう。

 もし晴れていたならわたしたちは絶対的な喪失を前に誰かを憎まねばならなかった。こころに吹きすさぶ風に血を吐き、わたしはあなたの愛した子どもを――末の小さな弟を殺していたかもしれない。彼がもしわたしの目に適わないものであったのなら、虚無の父たるもののみを受け継ぐものであったのなら、わたしはあの子を殺していただろう。そしておそらくわたしもその瞬間に父により無に帰していたはずだ――父の求めたおもちゃを奪うことは何人たりとも許されない。それはあなたも知っていたはずだが、
「俺は人間だからなあ、悪魔の理をなぞる必要はねえとおもうわけよ」
 と笑っていたのもあなただった。

 若き頃。わたしはおもしろいものを探し、見つけ、手にいれては壊してばかりいた。何世紀と繰り返したその遊びに飽きたころ、あなたがわたしの前に現れたのだ。

「よお、そこのメフィストさんよ」
 またつまらぬものがあらわれたかと思った。暇つぶしくらいにはなるかと話す間もなく向かい合ったが、手をあわせればあわせるほどあなたの力の強大さに気付き、心が湧き躍ったのだった。

 戦いはいつの間にか子犬のじゃれあいのようになり、わたしが引いたことで、いったんの終わりを告げたのだった。あなたは口の端をにっと持ち上げて言った。

「お前、人間相手にしてたら退屈だろ――こっち側にきたほうが楽しいんじゃねえか」
「初対面の悪魔に向かって言うにこと欠いてナンパですか」
「ははっ! ちげえねえ――なんだ話つうじんじゃねえか」
「失礼なひとですねえ。わたしをなんだと思ってるんですか」
「だからメフィストだろ?」

 そういうことをいっているのではないのですが――あなたはまだ若く、無鉄砲で、前に進むことしか知らなかった。持ち合わせた突出した力さえ、あなたにとってはたいした荷物ではないようだった。

「おまえもよく話す気になったよなあ、正体不明の祓魔師にたいしてよ」
 あなたでしたからね、という言葉をわたしは飲み込み、云った。
「まあ退屈してましたしね。おもしろいと思ったんでしょう。あなた馬鹿でしたからね」
「俺のどこが馬鹿なんだよ!」
「ま、多少ましになりましたが――それでも馬鹿ですね」

 あなたはくく、と笑いながら、わたしの肩をたたいて、そういう俺に付き合ってるお前も馬鹿だぜと云ったのだった。

 あなたはわたしを信頼しきった様子だった。そういうところも馬鹿だといわざるをえなかった。わたしは悪魔であり、悪魔を信頼する人間がどこにいるだろう。正十字騎士団もわたしを信用していないというのに。

 わたしは今も悪魔である。悪魔でありながら祓魔師でもある。
 あなたは人間であり、悪魔を祓う者でもあった。
 わたしとあなたの間にあったのは目に見えぬ、名前をつければただのつまらぬ「友情」であった。

「みなさんにわたしのこと親友親友って言いふらすのやめてくださいよ」
「なんでだよ、俺おまえと仲いいもん!」
「かわいこぶってもだめですよ、気持ち悪い。なにが「もん」ですか」
「なんだよけちけちすんなよ、減るもんじゃなし」
「わたしのは減るんです」
「ちぇ、ノリ悪ぃ。メフィストつまんねえぞ」
 あなたの物言いにわたしは何度からかわれたことだろう。
「あ、怒った? 怒った! メフィストが怒った!」
 けらけらとあなたは笑った。
 まったく……しかたのないひとですねぇ。
 わたしに言えたのはそれだけだ。
 
 今日が雨でよかった。雨は悲しみを流してくれる。
 わたしは墓前に立ち、あなたの影を見送る。
 最期までやさしい男よ。
 さよなら、わたしの愛した男よ。

 今日が雨でよかった。
 わたしの頬に流るるものがあなた以外には見えない。